新興感染症には東洋医学を

 西洋医学がもっとも苦手とする分野が、風邪であることを以前にも書きました。それは風邪の原因の8割程度を占めるウイルスに対して、西洋医学は有効な治療法を持ち合わせていないからです。また、西洋医学は科学的な証拠に基づいた医学なので、コロナウイルスのような未知の感染症(新興感染症)に対しては、何も証拠がないので、しばらくの間は、何もできない、誤解を恐れずに言えば、証拠のない場合には、治療をしてはいけない医学なのです。症状を消すための対症療法をすることはできますが、インフルエンザに対する解熱剤が死亡率を高める(http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/iencepha.html)ことがわかっているように、肺炎が重症化して、免疫不全などを起こす状態でなければ、通常は自己治癒力に委ねるほうが治療はうまくいきます。さらに漢方治療はその自己治癒力を高める治療で、ウイルス感染による感冒にも長い歴史をかけて自然法則を読み解き、対応してきた医学なのです。

 東洋医学は検査もない時代の医学です。そのため、どんな病に対しても舌と脈の状態から治療ができる治療法則があります。実際に東洋医学が大きな進歩を経る時は、歴史的に新興感染症が出現した時です(ちなみに西洋医学がもっとも進歩してきたのは戦争の時だと言われています)。ですから、新興感染症であっても、患者さんの舌と脈を診て、その時その場で治療法を開拓・実践できるのです。

 実際に同じコロナウイルスのSARSの時は、漢方と西洋薬を用いた治療を行った病院がもっとも治療成績が良かった(平均致死率10%のところ致死率1%程度)という事例があります。(ただし、当時中国政府がSARSに関する情報の公開を制限した経緯があり、公開はされていませんが、その治療にあたった中国人医師の講演を僕は実際に講演会場で聞き、データをみました。)この病院では、主要な治療を脈診と舌診による漢方治療を行い、呼吸不全などの時は、人工呼吸器をはじめとした西洋医学的治療も用いました。

 例えば、コロナウイルスに感染した西洋医が、自分自身の眼球結膜が充血したことを根拠に眼球粘膜からの感染も疑われるということを発表しました。その可能性を否定はできませんが、東洋医学的には、感冒時の眼球結膜の充血は、肺に熱がたまった状態の時に出る症状です。コロナウイルスが肺炎を引き起こすことと矛盾しません。

 中国でコロナウイルスの感染に有効だと報道され、即日売り切れてしまった薬が「双黄連(そうおうれん)」という薬です。黄芩(おうごん)・金銀花(きんぎんか)・連翹(れんぎょう)という3種類の生薬からなるこの薬は、粘膜の炎症を補助してウイルス感染を治す薬です。この薬は、舌や舌尖が紅くなるタイプの風邪に使われるもので、日本の保険で処方される薬では荊芥連翹湯(けいがいれんぎょうとう)という漢方薬にも含まれているものです。この薬は肺熱がたまってノドが腫れて痛むような風邪や、目が充血するようなアレルギーに用います。漢方薬は、生薬の種類が少ないほど効果が強まるので、双黄連は感染直後の急性期に用いると有効な可能性が高いです。双黄連の情報が、販売目的に流れたデマだとする記事も見かけますが、おそらく実際の患者さんを診察した本場の漢方医が、舌尖が紅くなる・ノドが痛む・脈が浮くなどの肺熱の状態を診断して、双黄連を処方して効果を示したのだと推測されます。ただし、これは感染後の治療薬なので、感染前からこの薬を内服することは適切ではありません。ただし、この情報を信じるのであれば、日本で感染時に使用できる漢方薬としては「銀翹散(ぎんぎょうさん)」という薬が有効な可能性があります。この薬こそが、18世紀後半に流行した感染症に対して中国で発展した医学である「温病(うんびょう)」の代表薬で、のどの痛い風邪に有効な薬です。予防に対する漢方薬もありますが、この場でそれを書くと混乱を招く可能性があるので、残念ながらお伝えすることができません。ただ、ノドが痛む風邪をひいた場合には、それがコロナウイルスが原因ではないとしても、有効な風邪薬なので、この時期に用意しておくことは悪いことではありません。医師に相談のうえ、節度を守った準備をおすすめします。

 

 

 

呉鞠通(ごきくつう:1758~1836年)という人が『温病条弁』という著書のなかであらわした薬。呉鞠通は父親が病死したのをきっかけに19歳で医学を目指し、自分の子供が温病となり誤診により亡くなってしまったのをきっかけに、温病の研究に専念するようになった人物です。