帰省について

 

 地方に実家がある方から、今年は帰省できない。とお聞きすることが多くなりました。とある患者さんは、初孫をひいおばあちゃんに見せてあげられないと嘆いていました。そんなことを聞いて思うところがあるので、あくまで僕の意見として、今年の帰省について書いてみたいと思います。これはもちろん、正解ではなく、あくまで意見です。

 

 まず、今の世論は、「飛沫」や「コロナ感染」という超限局的な「部分」にだけ焦点が向いていて、人生や笑顔、生命力という「全体」に目が向いていない。という傾向があります。「長く生きることだけ」が生きることの価値ではありません。また、日本人に対するCOVID-19の評価が、適切に行われていません。日本は欧米の100分の1の感染率と死亡率です。

 

 2020年の65歳以上の人口は3617万人です。COVID-19による死亡者数は2462人、不慮の事故で1万人、ガンで死亡する人は年間40万人です。まず、単純な統計をみるだけで、65歳以上の人でも、命を失う方は、1万人に1人もいません。交通事故はどんどん減って2019年は3215人でした。COVID-19を恐れて、初孫に会わない。というのは、交通事故死を恐れて車に乗らないばかりか、車道には出ない。というのとほぼ同じです。命の危険を侵しても、車で移動した先に喜びがある。だから人は車に乗るのです。

 

 そんな話をすると、周りの家の目があるから。と言われます。確かに目はあるかもしれないけど、それは目でしかなく、不適切な不安の目なのです。その方々を咎めるつもりは毛頭ありません。これだけのメディアからの煽りがあれば、一時的に不安になってしまうのは仕方のないことです。僕もその方々の境遇に生まれ育っていたら、そうなっていたと思います。けれど、それはその方々の人生観、つまり課題なのです。僕の課題は、医学的かつ科学的な観点から、現時点の日本において、そのリスクに比して、デメリットの方が圧倒的に大きいと感じています。

 

 確かに、近所の方々が帰省した自分を見て、心を傷めるのが辛い。というのはわかります。僕だってつらい。できれば、その人たちに気づかれないで済ませたい。だけど、そもそも、そういう自分の価値観に基づいて怒りを覚え、他人の生き方を自分の貴重な時間を割いてまで誹謗中傷する人がいるとするなら、それはその人の心身の状態が相当悪いんだな。と僕は思います。それはその方々の課題であって、僕の課題ではありません。怒っている人は、その方の周りの世界がどんな状況であれ、怒っています。それを治療しに、つゆくさ医院へ来てくださったら、僕は治療をしますが、そうでない方が僕の家の近所にいらっしゃっても、申し訳ないですが、それは僕にはどうにもできません。

 

 また、その方々が、自分の知らないところで恐怖を抱えていたとしても、その人たちが疑わしい人とのソーシャル・ディスタンスをとることは、同じ部屋に生活しない限り、通常は容易なことです。そして何より、統計学的な観点から、万に一つのリスクに怯えて、人生の貴重な時間を得ることを抑制する情報社会に問題を感じます。

 

 それでもなお、今年は今年で、またいつの日か会えたときの喜びを、心待ちにして楽しみながら、今年しかできない特別な年越しの時間を楽しむことも、健康的なことかもしれません。いま、地球は風邪をひいています。免疫細胞である僕らが争うことなく、協力しあって健康を取り戻しましょう。