昨今、当院はマスク反対派と同じ考えかただと誤解されていると感じることがありましたので、今日は念のため、再度当院の考え方を書かせていただきます。

 最初に、必要以上にマスクを使用することに関しては今でも反対です。少なくとも、日本の今の現状では身体的にも精神的にもメリットよりデメリットのほうが圧倒的に大きい。メリットの大きな場所では、当初から僕もマスクをしています。ただし、この観点はアンチマスク派とあまり変わらない意見でしょう。現状に対して全体主義的な思想の危険性は感じていますが、感染症対策において個人の自由を主張するつもりはなく、その点はマスク反対派の方々と根本的に違う部分だと思います。

 当初から当院がコロナ禍についてお伝えしたいと終始思っていることの背景には、この20年ちかく、アレルギー治療における西洋医学的治療の限界を、切実に感じていることがあります。

 西洋医学のアレルギー治療は、症状の原因となるアレルゲンをなるべく避け、アレルギー症状が出たら免疫抑制薬で症状だけをとる「対症療法」をし続ける。という治療です。治療といっても、そのアレルゲンに対して反応してしまう根本的な原因の治療は何もしていません。その過程で自己治癒力が十分に発揮されれば、その症状は改善することもありますが、まともな生活指導をすることもほとんどないので(そういう知識が西洋医学の思想体系では誕生しにくい理由があります)、少なくない確率で慢性化し、薬の副作用を消すためにさらに薬が増え、薬の量がどんどん増えていく方が後を絶ちません。対症療法は必要に応じて「一時的に」だけ用いるべき医療です。

 

 西洋と東洋。というようにざっくり分けるのは乱暴なことですが、誤解を恐れずに言うと、西洋思想は自然と人間を分離して考え、自然科学によるテクノロジーは自然を人間が「制御する」という思想です。一方の東洋思想は、人間を自然の一部と考え、自然法則や自然のエネルギー、つまりピュシスを「利用する」という思想です。漢方治療はそうした思想に基づく医療です。

 どちらが良いというわけではなく、バランスよく用いるべきですが、現代社会は西洋的な側面が強すぎます。とくに、日本においては明治以降の近代化に伴って急激に西洋化されたので、そうした連続性のない医療が本当に日本の大半を占めていることに、少なからず違和感と危機感を感じています。

 

 新型コロナウイルスの発生は自然現象です。アメリカ国民の三分の一は人間が作り出したものだと信じて疑わないとのことに驚きましたが、たとえ人造であったとしても、それを生み出してしまった人類の過ちは自然現象のひとつだと僕は考えます。もっと言えば、これが人造であれ自然現象であれ、このウイルスは人間の営みが生み出したことには変わりがありません。このウイルスは、なんらかの理由があって発生しているし、他の感染性が高いウイルス同様、SARS-CoV-2というウイルスがすぐになくなることは、まずありません。

 

 大切なのは、この点です。

 

 SARS-CoV-2はなくならない。

 だけど、SARS-CoV-2に感染しても症状もでない人がいる。

 むしろそっちのほうが多い。

 

 花粉症をはじめとしたアレルゲンはなくならない。

 だけどそのアレルゲンに接してもアレルギー症状を示さない人はいる。

 その人との違いを考え、それに近づくことのできる治療がある。

 

 この相関性から西洋医学が極端な排除の方法論に向かっていくことは当初からわかっていたことです。コロナ禍は、「ウイルスが同定されてしまったことにより、病理学的な意味よりも社会学的な意味が大きな現象になる」と言ってきたのには、ウイルスそのものによる被害よりも、このウイルスが視覚化されたことによる人類の反応が社会を混乱させることになるだろうと考えていたからです。つまり、ウイルスが人を苦しませるのではなく、人が人を苦しませることになるだろうということです。

 

 今のコロナ禍は、人が人を苦しませています。

 今のアレルギー治療も、人が人を苦しませています。

 自然界は人間が制御できるようなものではありません。

 自然の摂理を無視したテクノロジーは必ずツケが来ます。

 「ゼロコロナ」という思想はその終末像と言ってもよいでしょう。

 

 アレルギーは自然の力を利用した漢方治療に基づく適切な生活指導を実現できれば、力及ばず治癒までいかないこともありますが、多くの場合は西洋薬を必要としない程度までには改善します。原因を考えずに、原因から逃げ続け、症状を抑え込むだけの医療に苦しまされている人たちがどれほどいるのかは計り知ることができません。

 

 コロナ禍はこれまでのあらゆる人類史の出来事とはちがい、イデオロギーを超えた部分での人類全体の問題です。どこの国が正しいとか、誰が正しいとかやってる場合ではありません。どこの国もSARS-CoV-2を遠ざけることばかりに集中している限り、このコロナ禍から脱することはありません。ウイルスはなくならないし、そこから逃げようとしても無駄なばかりか、余計な死者や不幸な人を増やします。そんなことよりも、SARS-Co-V-2というウイルスがなぜ発現したのか、どうすれば症状を軽く済ませられるのか。自然の摂理を利用した医療の中にコロナ禍を終わらせる方法があります。そういうことに主眼を置くべきです。コロナ禍はウイルスによる要素は少なく、人がつくりだしているのです。

 

 マスクをつけることは、人々の意識を「飛沫」という超限局的な「部分」に集中させ、「全体」を見失わせます。冬の電車の過剰な換気が、人間の身体を弱らせてしまうのはその典型例です。「部分」に限局せざるを得ないことが、科学の脆弱性でもあります。そうした部分的な情報をもとに不安と監視で人を動かそうという社会風潮は、人類という心身を緊張させ、免疫力と判断力を鈍らせ、精神的な異常を助長します。猿と人間の違いは「笑顔」です。人間のコミュニケーションにとってもっとも重要な部分を覆うマスクは、アレルギー治療におけるその場しのぎの免疫抑制薬と同じなのです。臨機応変に必要なときは使うけど、なるべく使わないようにするべきです。鼻呼吸や笑顔の喪失と精神的な閉塞感といったデメリットがあまりにも大きすぎます。感染拡大を防ぐよりも前にやるべきことがたくさんあります。自然現象を制圧しようとする免疫抑制剤よりも効果的な、自然を利用した治療や予防法があるのです。それを人類に伝えることが、当院の使命だと思って診療に携わっています。

 

 当院では、心身の治療のために、移動時の感染の危険性を乗り越えてまで通院してくださる方々に対して、マスクで顔を覆い隠して診察をするようなことはするべきではないと考えています。開院以来現在に至るまで、受付も診察室もマスクの着用は義務付けていませんが、患者さんのご希望があれば、医師も受付もマスクを着用する準備はしています。飛沫感染が不安なようであれば、インターネットによる遠隔診療をご利用ください。

 

 第一波以来、このような当院の方針をご理解いただきながら通い続けてくださっている方が1200人程度いらっしゃいます。現状としては、家族の感染や、一緒に車で旅行をしたという濃厚接触者が14人いらっしゃいます。玉屏風散を1日2回内服している方でPCR陽性だった方が1人、その方は84歳で家庭内感染でしたが、妻と長男は入院しましたが、その方はごく軽症で入院施設を探している間に改善しました。また、玉屏風散の内服があまりしっかりできていなかった四人の方が感染しましたが、うち二人は感冒用の漢方治療で自己治癒、入院されたご友人同士が二人いらっしゃいますが、1週間の抗生剤とステロイド投与で退院後、1ヶ月経過した今も咳嗽が続いています。入院するか否かの見極めは大変難しいですが、まずは漢方薬で自力の改善を目指すことが重要です。玉屏風散やその他補気剤の予防内服と、感染時の銀翹散内服があれば、重症化や後遺症の可能性はそれほど高くないと考えています。

 

 ちなみに、俺は強いからコロナなんかこわくね〜!というマッチョな思想と当院とは全くちがいます。そういう何も考えてない輩が一番きつい。ただ、患者さんたちに、こういう治療をすればコロナは大丈夫だよ!と言って処方している身分なので、コロナにかかって自分が重症化するぐらいなら、自分は死んだ方がいい。とはおもっています。自然とは恐ろしいものではありますが、畏敬の念を持って接していれば、自然は僕らを守ってくれます。僕はそう信じています。