【「感冒」について】
カゼといえば抗生剤!と考える方もいるかもしれませんが(実際数年前までそうでした)、ウイルスの感染症には抗生剤が全く効かないどころか、健康を維持するために重要な細菌を殺してしまうため、不適切な抗生剤の投与はウイルス性の風邪を長引かせるばかりか他の病気を引き起こしてしまうこともあります。
健康な人が罹る風邪の80%以上はウイルス感染症だと言われています。 そして、細菌感染症であったとしても適切な漢方治療を行えばほとんどの場合は自己治癒力で治ります。ところが、抗生剤を使った方が良い時も10%程度あるので、その判断を適切に行うことがとても大切なことです。
抗生剤は風邪と分かった時点からすぐに投与するべきものではありません。具体的な原則として覚えておいていただきたいことは、風邪をひいたら、あるいは風邪をひきそうな時から、漢方薬を積極的に使用してください。多くのウイルス性の風邪ではおよそ2、3日で発熱も治まります。ところが、抗生剤が必要な風邪の場合や、他の白血病などの病気の場合は3日経っても症状は改善してきません。そのようなことがあれば、もう一度病院を受診し、抗生剤の内服などを受けてください。どんな病気でも最初の3日間の感冒症状の段階で特定の疾患を特定し、特別な治療や検査を行うことはほとんど出来ません。ただし、近くに同じような症状の人が多数いたり、よく扁桃炎を繰り返しているような方は最初から抗生剤を投与することも稀にあります。
風邪というのはいわゆる感冒様症状(発熱・咳嗽・下痢・全身倦怠感etc…)を呈する状態の総称として用いられる俗語であります。西洋医学の用語では急性上気道炎とか急性胃腸炎といった呼び名があります。それらの風邪に共通して言えることは感染症であるということです。
東洋医学では(衛)気がしっかりしていれば病は入ってこないと考えられています。例えば腸管や気道の粘膜は身体の外部からの異物の侵入を防ぐ最前線の防波堤です(腸管の中は身体の外部です)。そこの粘膜の状態が良い状態であれば、病にはかからない。ということです。同じものを食べても胃腸炎になる人とならない人がいます。それは最前線の防波堤の状態が良いか悪いか。ということなのです。
実際に私は健常者に対するインフルエンザワクチンの効果に懐疑的なのでワクチンを接種していませんが、自分が元気な時は、マスクをせずに一日に何人ものインフルエンザの患者さんを診察してもここ10年ぐらいインフルエンザにかかったことはありません。実際には体内に侵入しているとは思いますが、自分の免疫が初期段階でインフルエンザウイルスを排除しているのだと思います。
ただ、風邪にかかってしまった時、どうすれば良いのかということをここではお話します。
巻末付録:風邪の漢方薬
<風邪の前段階の症状>
① 寒気・肩こり
このような症状を少しでも感じたら、1番「葛根湯」を飲みましょう。葛根湯は膀胱経という首の後ろを通る経絡に集中して作用します。ですから風邪のウイルスが入ったシグナルとして後頸部の寒気や肩こりを感じたら葛根湯を飲みましょう。ただし、後述しますが3日以上連続して服用することはあまり勧めません。
② ノドの痛み
ノドの痛みには138番「桔梗湯(キキョウトウ)」という薬が効きます。桔梗湯は漢方薬のうがい薬とも言われていますが、実際に顕微鏡で見るとウイルスを直接殺して行きます。ですから、ノドの痛い時は水を使わずにノドの痛いところに直接置きます。そのままにしておくと、自然に流れて胃腸に行ってもその効果を発揮します。よくノドが痛くなる人は常に携帯しておくと良いでしょう。水が必要ないのでどこでも飲めます。
また「銀翹散(ギンギョウサン)」別名、天津感冒片(テンシンカンボウヘン)という中国の薬も効果的です。この銀翹散は中国では現在最もよく売れている風邪やアレルギーの薬です。しかし残念なことに「温病学」と呼ばれる飽食の時代の薬なので、日本では保険で認可されていないため、病院では処方出来ません。ただ、日本の薬局でも大体手に入るのでその薬を使ってください。特に寒気のない風邪、舌の先端が紅い人にはよく効きます。それでもノドが痛い場合は、15番「黄連解毒湯(オウレンゲドクトウ)」や50番「荊介連翹湯(ケイガイレンギョウトウ)」を飲むのも効果的です。
③ 嘔気・むかつき
胃腸炎の前駆症状に対しては70番「香蘇散(コウソサン)」を使います。香蘇散は妊婦さんの風邪にもよく使う薬で、胃腸の弱い方のうつや不安なども和らげてくれる作用があり、副作用の少ない薬です。胃腸炎のはやっている時期にはこまめに取ると良いでしょう。食べ過ぎや飲み過ぎの場合には115番「胃苓湯(イレイトウ)」、飲酒後であれば117番「茵蔯五苓散(インチンゴレイサン)」もお勧めです。
④ 咳・痰
咳には様々な病態があり、難しい部分もありますが、慢性的な咳ではなく、突発的な咳はウイルスの侵入によるもののことがあります。そのような咳に対しては95番「五虎湯(ゴコトウ)」が良いでしょう。また、痰が絡むような咳には16番「半夏厚朴湯(ハンゲコウボクトウ)」を足すのも効果的です。逆に乾いた咳や風邪の後に残った咳には、潤いを与える29番「麦門冬湯(バクモンドウトウ)」を飲みます。
⑤ 鼻づまり
アレルギーなどによる慢性的なものでは104番「辛夷清肺湯」を使います。特に舌尖が紅い人には効果的です。また、咳も併発するようであれば90番「清肺湯」、鼻づまりというよりは鼻水であれば19番「小青竜湯」も使います。鼻水は水毒との関連も深く、軟便などもあれば17番「五苓散(ゴレイサン)」を併用すると良いでしょう。
⑥ 頭痛
頭痛には大きく強い頭痛と、鈍い頭痛があります。強い頭痛は瘀血や風邪によるものが多く、瘀血は慢性的なのでなかなか効きにくいですが、風邪の頭痛には124番「川穹茶調散(センキュウチャチョウサン)」が効果的です。また鈍い頭痛は疲労などによる気虚の場合が多いので、41番「補中益気湯(ホチュウエッキトウ)」や48番「十全大補湯(ジュウゼンタイホトウ)」などの補気剤が有効です。ただし、41番は副作用も出やすいので医師に相談してください。
<発熱などの強い症状が出た時>
発熱は身体が頑張って出しているものです。ですから発熱をした初期段階は発熱を下げるための解熱剤は病気を遷延させます。発熱がある際はまず寒気があるかないかで治療が分かれます。
① 悪寒のある風邪
寒気がある場合は「風邪のひき始めの葛根湯」を取りましょう。目標は熱を上げて汗をかくことです。寒気がある時は葛根湯を一日に3、4回飲んで、温かいお風呂に入って布団にくるまって汗をたっぷりかきましょう。汗をかいて寒気がなくなったら葛根湯は飲まない方が良いです。葛根湯は発汗作用があるので、長く飲み過ぎると身体の中の津液(溜まっている水分)を消耗して、風邪を悪化させてしまうことがあるからです。寒気がなくなってもまだ調子が悪ければ次の「寒気がない風邪」の治療と同じことをしてください。
「麻黄湯(マオウトウ)」という薬がありますが、これは葛根湯の強いバージョンです。最近はインフルエンザに麻黄湯をよく使うようになりましたが、強い薬なので長期服用は避けなければならず、一般の方が医師の診断なしに使うことはあまりオススメしていません。
<入浴に関して>
基本的に寒気というものは、体が「自分を温めてくれ!」と言っているメッセージです。ですから風邪のひき始めの寒気がある時はお風呂に入りましょう。ただし、一回の入浴は100mを全力疾走するぐらいの体力を使います。ですから、風邪のひき始めでまだ体力のある時はお風呂に入って、長湯をしない程度に身体を温めてください。もちろん湯冷めは体を冷やしてしまって免疫力を低下させてしまうのでよくないのでお風呂に入ったらすぐに布団に入り、汗をかく準備をしましょう。
寒い時に体を温めることは東洋医学的にも多くの場合は悪くありません。科学的にも39度ではウイルス感染時に免疫力を発揮するキラーT細胞の威力は増強します。ただし、葛根湯と同じように、長引いた風邪の時はお風呂に入りたくないと思ったら入らない方が良いでしょう。入浴は体力を使いますし、津液も喪失してしまいます。
② 寒気のあまりない風邪
寒気がない時、あるいは寒気がなくなった時は、基本的には9番「小柴胡湯(ショウサイコトウ)」を用います。ノドの痛みや咳もある時は109番「小柴胡湯加桔梗石膏湯(ショウサイコトウカキキョウセッコウトウ)」を用います。またノドの痛みが強く舌尖が紅い時は「銀翹散(ギンギョウサン)」が効果的です。
③ なかなか治らない風邪
まず、空咳が続くような時は29番「麦門冬湯」が良いです。また風邪が治りにくい背景には免疫力の低下した状態、つまり気虚の状態があるので「補気剤」を摂る必要があります。補気剤には、75、41、43、48、20、98、108、128、136などの様々な種類があります。
☆ 基本的には上記のような治療をすれば大体の風邪は良くなりますが、一般的にウイルス性の感冒であれば3日ぐらいで改善へと向かいます。3日を過ぎても良くならない場合には、通常の風邪とは違い、抗生剤が必要な細菌感染や、白血病などの他の可能性もあります。そういった場合には当院、もしくは近医の内科を受診してください。
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