第5章:花粉症の病態と治療法

 からだの中にいる免疫細胞は、外部からのウイルスや細菌などの有害なものが入ってくると、それを認識して、さまざまな方法で攻撃をし破壊します。花粉症というのは、本来人間にとって害のないはずの花粉を、免疫細胞が害であると記憶して攻撃しすぎてしまうことによってさまざまな症状が引き起こされてしまう病です。西洋医学では症状を止める対症療法をしますが、東洋医学では、体内の熱や水を除去して生活改善をはかり、根治することができます。ここでも、ひどい時期は西洋薬を併用するのが良いです。漢方治療を併用すれば、西洋薬の使用量は4分の1程度で済み、年々使用量が減ります。つゆくさ医院では、生活改善などができれば、花粉症は年々改善し、2度目以降の花粉症の時期には西洋薬はほぼ不要となる方がほとんどです。

5-1 西の考え方と治療

 免疫という言葉は、「疫(病)から免れる」ための生体防御システムのことをさします。私たちのからだは、鼻腔や口腔から入って肛門に至るまでトイレットペーパーの芯のように、一本の管になっています。その芯の内側は、実はまだ、からだの外なのです。その筒の内側表面に張り巡らされている粘膜面(口・鼻・のど・肺・食道・胃・小腸・大腸など)は、その前を通過する飲食物や空気・微生物などが、自分の体内に吸収して入れて良いものか否かを判断する「関門」のようなものになっています。その前を通過するもの、つまり空気や飲食物の中に含まれているものが、自分にとって有益か無害か、あるいは疫(病原性)を持つものであるかを、粘膜内にいる免疫細胞がその場でジャッジして、有益なものは体内に取り込み、疫だと判断したものは、抗体などのミサイルのようなものでそれらを攻撃し破壊しようとします。

 アレルギー疾患というものには、外から来た自分以外のもの(異物)に反応するものや、自分自身の細胞を自分の免疫細胞が攻撃してしまうものなど、大きく4つの型がありますが、それらの疾患に共通することは、攻撃しなくて良いものに対して「過剰に攻撃してしまう」ということです。


 疫と疫でないものの境界は、これまた曖昧なものなので、実は風邪やガン、アレルギーなどの免疫の関係は表裏一体の関係にあります。免疫力が弱すぎてもいけないし、強すぎてもいけないのです。アレルギー疾患に関して、東洋医学では、免疫力の弱い虚証、過剰な熱証という概念で治療方法が180度違う治療がされますが、西洋医学ではともに免疫抑制薬を用いて、免疫を押さえ込みます。

 花粉のようなアレルゲンが鼻腔内の粘膜に付着すると、体内に花粉に対する抗体が作られ、マスト細胞という細胞に結合し、一度侵入したアレルゲン(花粉)に対する抗体のパターンが記憶されます。その後、再び同じアレルゲンが侵入すると、記憶されていた免疫反応が即座に、かつ過剰に発動します。するとマスト細胞からアレルギー誘発物質であるヒスタミンなどが放出されることにより、鼻水等のアレルギー反応が引き起こされるのです。つまり、花粉症というのは、免疫を記憶していることは問題がないのですが、その記憶に対する肥満細胞の反応が激しくなりすぎてしまっている病気なのです。

 そこで、この肥満細胞が産生するヒスタミンという、粘膜の炎症を引き起こしている物質をブロックする「抗ヒスタミン薬」という薬を、西洋医学では投与します。アレグラやアレジオンなど、いろんな種類の薬がありますが、基本的にはかゆみの原因となっている物質(ヒスタミン、ロイコトリエン、トロンボキサン、PAFなど)をブロックするだけの対症療法です。肝心な肥満細胞の過剰反応を根本的に治す治療法は西洋医学にはありません。また、減感作療法やB-spot療法というものもありますが、それらもスギや鼻炎の症状にだけ特化した対策なので、あまり根本的な治療とは言えません。なぜなら肥満細胞が過剰に反応してしまう根本的な原因である「熱」(後述)を生み出してしまう生活の改善などはしていないからです。つまり、ある乱れがスギ花粉症という症状に出ていたエネルギーの排出は、他の場所や症状として排出されるようになるということなのです。そのため、スギ以外の違う物質にアレルギー反応を示すようになることも少なくありません。一方の漢方治療では、根本治療ができるので、スギに対するアレルギー反応が治れば、他の物質に対するアレルギー反応も同時に治るだけでなく、足の冷えが改善したり、過食やイライラなどの精神症状も同時に改善して全身が健康になるのです。

 ただし、完全に花粉症が治癒するまでに、症状が強い場合は、一時的に西洋を利用することを勧めています。西洋薬は効果がとても早く強いので、鼻水が出続けてしまう場合は、西洋薬を併用することで治癒が早くなることもあります。また、目のかゆみに対する点眼薬は、擦ってしまうことによる炎症の増悪や、粘膜の破壊が防げるのと、内服薬とちがって全身に行き渡ることがないので、副作用も比較的少なく、積極的に処方する西洋薬のひとつです。西洋薬は生体反応の結果である症状を一度抑えることには特に優れているので、現代生活を送っていくなかで、その副作用をしっかりと把握したうえで用いればとても有用なものです。

 では、西洋薬の副作用としてはどのようなものがあるのでしょうか。

 まず、花粉症の治療薬である、アレグラやアレロックなどのよく使われている抗ヒスタミン薬は、解熱鎮痛薬などと同様、「免疫抑制薬」であることを忘れないでください。異物が入って来たときの免疫反応として重要なヒスタミンの放出を止めてしまう薬なので、ウイルスや細菌の感染に対しては初期段階の反応ができなくなるので、侵入を容易にさせてしまい重症化させるリスクが高くなります。

 また、東洋医学で免疫力と考えられている「気」の産生は、呼吸を行う肺と、食事が通過する脾(胃腸)で産生されます。そこには、ヒスタミン受容体を持った免疫細胞がたくさん存在していて、その中には免疫の司令塔である樹状細胞も含まれています。スギ花粉のためにヒスタミンを抑制してしまうことが、それよりも強い「疫」が侵入してきた時に、「疫」から免れる力である「免疫力」が弱ってしまうのです。

 さらに、「気」は免疫力だけでなく、さまざまなものを動かすエネルギーです。人間の心身のエネルギーは呼吸と食事からつくられます。抗ヒスタミン薬は、それを生み出す主役である免疫細胞のシステムを抑制してしまう薬なので、「気虚」という状態をひきおこし、気力や元気がなくなり、息切れや食欲低下、午後のぼんやりした頭痛などになります。実際の漢方治療によって、免疫抑制薬を減薬することによって、これらの症状は1、2か月で改善してしまうことは珍しくありません。無論のこと、長期的な内服を続けるとうつ病やより重篤な感染症をひきおこすことにつながることも少なくないのです。

 西洋薬が一概に悪いわけではありません。花粉症のつらい症状がある時には、一時的に抑えることは健康的な生活にとって有用なことは多々あります。しかし、それと引き換えに、このような副作用もあるので、そのメリットとデメリットをしっかりと認識してしようすることが大切なのです。

 最後に、これらの対症療法を用いるときに、もっとも忘れてはならないことは、ほとんどの病には、生活上の理由があるということです。対症療法の最大の副作用は、症状を抑えるだけでその原因となる生活を改善することを怠ってしまうということです。症状を抑えているだけで満足し、花粉症を引き起こしている原因の修復を怠り続けると、その症状は時間を経るごとに増悪し、修正しにくくなってしまうのです。

 このことが、今のコロナ禍に感じているアレルギー治療の問題点と酷似した構図なのです。ワクチンの開発は素晴らしいことですが、新型コロナウイルスという地球の病の発生には、人類の生活上の理由があります。今の人類はマスクだ、ワクチンだという対症療法を続けてその場をしのいでいるだけで、そのことを考えることを怠っていると言わざるをえません。いまや国民病となっている花粉症にしても、自然の摂理を無視して経済を優先させた日本人の病なのです。そのことを省みて治療をしようとしている医療従事者がどれほどいるのでしょうか。

 花粉症はさまざまな花粉で発症しますが、その代表的なものが春のスギ花粉症です。スギ花粉症は日本固有のもので、この20年間で患者数は15%程度増え、現在日本人の約25~35%程度がスギ花粉症であるといわれています。この原因についてはPM2.5などの大気汚染や、地球温暖化に加え、1950年に制定された「造林臨時措置法」という悪法のツケが、今来ていることが挙げられています。造林臨時措置法とは、太平洋戦争などで木材供給が追い着かなくなった日本政府が、日本中の広葉樹林の生態系を無視して、建築材であるスギの植林を、全国一律に大量に行った政策です。その後、輸入材が安価で手に入ることになり、日本の林業は衰退。植えはしたものの放置されているスギたちの花粉産生量が、50年たったいまピークを迎えているのです。自然の摂理を無視した経済優先の政策が、後世に大きな爪痕を残したことは数多くありますが、この造林臨時措置法と、あとに触れる塩業近代化臨時措置法は日本の自然を大きく壊しました。

 当時の政治家たちを責めても意味がありません。当時、私が同じ立場にいたら、同じ政策をとってしまったかもしれません。ただ、わたしたちは、自然への畏敬の思いを忘れて、その摂理を乱すことをすると、地球の病として、大きな病に襲われるということを今後、肝に命じて生きていくべきです。自然破壊による病は、世界中に無数にあります。その中でも、いまの私たちが直面しているのが、コロナ禍なのです。


 コロナ禍における人類の反応は、西洋医学におけるアレルギー治療ととても近い相似性を持っています。アレルゲンから逃げよう、反応しちゃったら薬で抑え込もう。毎年毎年、死ぬまで抗アレルギー薬を飲み続けよう。という治療です。一番大切なことは、新型コロナから自分を遠ざけることではありません。これだけの感染力が強いウイルスに対して逃げ回ることは不可能ですし、感染症で人類が絶滅することはない(絶滅するとすれば水害だろうというのが有力です)と言われているように、自然界は絶妙な動的平衡の中でできています。インフルエンザウイルスはその例でしょう。

 コロナ禍において大切なことは、そのウイルスに接触しても大丈夫な人がいるのだから、考えるべきことは、死ぬ人と死なない人の間には何があるのか。そして、なぜこのウイルスが発生したのか。どのような生活上の問題があったのか。ということです。そこには、花粉に接してもアレルギー反応を起こさない人と起こす人の差と同様の構造があります。特に若い人の死亡は、体内に溜まっている熱による過剰反応との関係があると東洋医学では考えられています。免疫反応の過剰な状態がサイトカインストームというアレルギー反応の嵐を引き起こすのです。逆に、ご高齢の方や、免疫抑制状態の方は虚証という免疫状態が弱いことが死因となり、若い方の死因とは異なるのです。

 コロナ禍は一種の人類の身体的かつ精神的なアレルギー反応だと僕は考えています。そう考える理由が花粉症とコロナ禍の東洋医学的な接点にあります。それは「熱」と「水」についてであります。この点については次で書きますが、コロナ禍以前から、花粉症は自然の摂理からずれている人類の病であることを感じていました。